7. その他の規約
漢詩を作る場合、最も基本となる規約が、「平仄式」であったわけですが、 それ以外にも重要ないくつかの規約があります。ここでは、それらの規約について説明します。では、次の詩を見てください。
- 作 者
- 夏目漱石(ナツメ ソウセキ)=(1867〜916)は小説家として誰一人知らない者はいないでしょう。 名は金之助。明治17年、大学予備門に入り、26年、東京帝国大学文科大学卒業。28年、松山中学校教諭、29年、熊本第五高等学校教授、 33年、イギリス留学、36年、帰国、東京帝国大学文科大学講師、40年、朝日新聞社入社。その後、小説家として活躍し、大正5年12月病没。年50。
- 読み方
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山路(サンロ)、楓(カエデ)を観(ミ)る。
石苔(セキタイ) 雨(アメ)に沐(モク)して 滑(ナメラ)かにして攀(ヨ)じ難(ガタ)し。 水(ミズ)を渡(ワタ)り 林(ハヤシ)を穿(ウガ)ち 往(ユ)き又(マタ)還(カエ)る。
処処(ショショ)の鹿声(ロクセイ) 尋(タズ)ね得(エ)ず。 白雲(ハクウン) 紅葉(コウヨウ) 千山(センザン)に満(ミ)つ。
- 語 釈
- 石苔=石に付いた苔。 沐雨=雨で髪を洗うこと。苔むす石に雨が降り注ぐ様子を擬人化している。 滑難攀=苔むす石が雨に濡れて滑りやすいためよじ登りにくい。「攀」は、よじ登ること。 渡水=川を渡る。「水」は川のこと。 穿林=林を通り抜けること。「穿」は、とおす、ひらくの意。 往又還=ゆきかえる意。 処処=ところどころ、あちらこちら。 鹿声=鹿の鳴き声。 尋不得=探しても見つからない。 白雲=しろい雲。 紅葉=もみじ。 満千山=「満」はみたす、いっぱいになる。「千山」は、多くの山々。 「万山」も同じ。「千」、「万」は実数ではなく、非常に多いことを意味する。
この詩の平仄は、
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●○ ●● ●○◎
石苔 沐雨 滑難攀 刪韻 -
●● ○○ ●●◎
渡水 穿林 往又還 刪韻 -
●● ●○ ○●●
処処 鹿声 尋不得 -
●○ ○● ●○◎
白雲 紅葉 満千山 刪韻
となり、七言絶句平起式、韻は刪韻で、韻字は「攀・還・山」となっています。 これを、前述した平仄式と比較してみます。
- 起句 ▲○ ●● ●○○
- 承句 ●● ○○ ●●○
- 転句 ●● ▲○ ○●●
- 結句 ▲○ △● ●○○
起句の一文字目「石」、転句の三文字目「鹿」、結句の一文字目「白」と三文字目「紅」の平仄が違っています。 しかし、これは間違いではありません。なぜならば、前述した平仄式を基本として、 それ以外にいくつかの規約があり、その一つに、
- 一三五不論
というものがあるからです。この規約は、一文字目、三文字目及び五文字目の平仄は問わないということです。 つまり、平字でも仄字でもどちらでもよいことになります。 ところで、この「一三五不論」も常に許されるかと言えば、そう簡単にはいきません。次の例を見てください。
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●○ ●● ○○◎
石苔 沐雨 山難攀
これは、起句の第五文字目を「滑」から「山」に変えたものですが、 「第五文字の平仄は『一三五不論』の所だから問題はない」、としたら実は大きな誤りを犯すことになります。それは、漢詩の規則に、
- 下三連不許
いうものがあるからです。これは下の三文字が連続して平字あるいは仄字ばかりなることは許されないということです。 また、この場合には、もう一つの重大な過ちを犯しています。それは、
- 同字重出を避ける
ということです。これは、一詩の中で同じ字を二度使ってはならないということです。 すなわち、「山」の字は結句にも使われていますから、同じ「山」の字が二度使われることになります。 ただし、先人の作の中には、この規約を守っていないものがありますが、初心者は真似をするべきではないでしょう。 また、「日々」、「凛々」、「濛々」などは「畳字」と言われ、同字重出にはなりません。さらに、
- 不□不□□□□
のように一句の中に同じ字が使われる場合がありますが、これも同字重出とはなりません。では、次の例を見てください。
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●● ●○ ●●◎
渡水 入林 往又還
これは、承句の第三文字目を「穿」の字から「入」の字に変えたものですが、 これも「第三文字の平仄は『一三五不論』の所だから問題はない」、 としたら実は大きな誤りを犯すことになります。すなわち、
- 孤平不許
という規約があるからです。これは七言の第四字目、五言の第二文字目が平のときに、 その前後(第三字目と第五字目)が仄字となり、平字を挟む(これを「挟み平」といいます)ことは許されないのです。 そのため七言の第三文字目と第五文字目の平仄はどちらでもよいが、 第四字目が「孤平」にならないように注意しなければなりません。
以上の規約をまとめてみますと、七言絶句の平仄式と規則は次のようになります。 このとき△は本来は平字であるが仄字でもかまわない文字を意味し、▲は本来は仄字であるが平字でもかまわない文字を意味します。 ただし、孤平には注意しなければなりません。
- 七言絶句平起式
- 起句 △○ △● ●○◎ 韻
- 承句 ▲● △○ ▲●◎ 韻 -> 孤平に注意
- 転句 ▲● △○ ○●●
- 結句 △○ ▲● ●○◎ 韻
- 七言絶句仄起式
- 起句 ▲● △○ ▲●◎ 韻 -> 孤平に注意
- 承句 △○ ▲● ●○◎ 韻
- 転句 △○ ▲● △○●
- 結句 ▲● △○ ▲●◎ 韻 -> 孤平に注意
- 規 則
- 規則一 韻を踏む
- 規則二 一三五不論
- 規則三 孤平不許
- 規則四 下三連不許
- 規則五 同字重出を避ける
ただし、この平仄式にも例外があります。 それは、「七言絶句平起式の転句」の下三字を「●○●」にすることができるというものです。 このときの平仄式は、次のようになります。
- 七言絶句平起式
- 起句 △○ ▲● ●○◎ 韻
- 承句 ▲● △○ ▲●◎ 韻 -> 孤平に注意
- 転句 ▲● △○ ●○●
- 結句 △○ ▲● ●○◎ 韻
この他にもいくつかの規約がありますが、実際の作詩においては、ほとんど看過されています。 例えば、「同韻の文字を使わない」というものがあります。 これは、韻字で使用した韻と同じ文字を韻字以外の部分では使用しないというものです。 特に、「第二文字目には同韻字を使わない」と教えている入門書もありますが、 これらも、ほとんどの場合、看過されています。 まず、初心者は、平仄式と上記の5つの規約を守ることを心がければよいと思います。
